経営革新で新規事業【プラケア】をはじめるキッカケは明治38年生まれのフミばあちゃんです。
隣の町から嫁に来たばあちゃんは、聞くところによると"美人"だったそうです。
(ほんとかな?)
小さくて、身体が弱いおばあちゃんは、97歳まで長生きできるとは思われて
いなかった位に
病気をしてたそうだ。
でも、明治生まれの女性は強かった。(亡くなる前、何度も危篤になりな
がら、持ち直して病院の先生も驚いていたっけ)
私が小学生のときには、一緒に寝るときに御伽噺をしてくれたっけ
今、思い出すとストーリーはいつも同じだったような気もする。(3パターン位)
平成10年に先代社長が突然亡くなって、会社も家の中も大変な時がありました。
そりゃあ、社員さんも家族も一緒になって頑張ってくれました。(感謝・感謝)
気弱になっていたおばあちゃんも、子供に先立たれたショックを跳ね返し、
自分がしっかり
せんとイケンと思ってか見違えるように元気になって
くれました。
それから、4年、脳の出血で脳梗塞になってから、身体が斜めに座るようになって、徐々に
弱って小さな身体が、もっと小さく感じるような時、言葉も不自由になり、寝たきりになっ
て
在宅で母が介護を
してました。
たまたま、母が用事で居ないときに、おばあちゃんの下のお世話をする事になった。
その事が後に、【プラケア】の必要性を感じ、作ることになりました。
本とは、おばあちゃんの写真をパンフレットなんかにも載せたかったが、
写真に写りたがらず
だったので、ピンボケの写真ばかりで中々いい写真がなく、
断念しました。(こんなことなら
もっと写真を写しておけばよかった。)
おばあちゃん子だったなと、懐かしく思い出します。
『いつも、気にかけてくれて、ありがとう・・・』
(この写真は、米寿の時、孫たちも寄ってお祝いした数少ない写真です)
